先日、海外へ戻ることになった門下生の、最後の稽古がありました。
出会いがあれば、別れがあります。
私が門下生たちに伝えたいコトの一つに、「無常観」というものがあります。
「無常」と聞くと、『平家物語』や『方丈記』にあるような、どこか寂しげな悲観主義(ペシミズム)を思い浮かべるかもしれません。しかし、私が伝えたい無常観は違います。
すべてのものは、常に変化している。
永遠に変わらないものはなく、永遠に続く時間もない。
だからこそ、「今この瞬間」や「目の前のコト」を、大切にする姿勢。それこそが、空手道を通じて体得できる「無常観」の本質だと考えています。
では、私たちは日々の稽古の中で、どのようにこの「無常」と向き合っているのでしょうか。そこには4つの教えがあります。
1.常に「今の自分」と向き合う(一期一会の精神)
昨日の自分と今日の自分は同じではありません。体調も心の状態も常に変化しています。稽古とは、その時々の不完全で移り変わる状態を受け入れ、その中で最善を尽くす訓練なのです。
2.「初心忘るべからず」の真意
世阿弥は『風姿花伝』において、若い頃の未熟な技を忘れないことだけでなく、年齢や環境に応じて変化していく様々な段階の「初心(その時々の新しい自分)」を忘れず、常に新しい境地に挑み続けることこそが真の初心だと説きました。
3.「執着」を捨てることによる上達
技や結果に執着すると、身体に余計な力が入り、柔軟な対応ができなくなります。「良い時もあれば悪い時もある」と受け入れ、淡々と稽古を積み重ねる力が養われます。
4.空手道を通じた無常の理解
「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」という『方丈記』の言葉のように、空手道の「技」を繰り返し身体に入れることで、自分自身の身体や技術もまた一瞬たりとも留まらずに流転しているという真理を、体得することができます。
一期一会、一瞬の交わり
毎週当たり前のように顔を合わせ、共に汗を流し、稽古をした時間も、永遠には続きません。いつかはそれぞれが自分の道へと旅立っていきます。
だからこそ、日々の稽古はいつも大事なのです。
「次がある」と思わずに、今この一本の突き、この一回の型に全力を懸ける。その一期一会の積み重ねだけが、国境を越えても色褪せない繋がりや、一生モノの「自立と自律」の心を育てます。
祖国に戻る彼女の後ろ姿を見送りながら、「そんな空手道の事を伝えられただろうか」と、自らを振り返る一日となりました。

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